対談企画「心をつなぐ」
健常者を目指さなくても大丈夫


「ロイヤル入居相談室 上席執行役員」谷本 有香

証券会社、Bloomberg TVで金融経済アンカーを務めた後、米国でMBAを取得。その後、日経CNBCキャスター、同社初の女性コメンテーターとして従事。これまでトニー・ブレア元英首相、ハワード・シュルツ スターバックス元CEOなど、世界の3000人を超えるVIPにインタビューしてきた。
フォーブスジャパンWeb編集長としても活躍中
2017年3月 ロイヤル入居相談室 上席執行役員に就任。
東京大学 先端科学技術研究センター准教授 熊谷晋一郎

医師、科学者、博士(学術)
専門は小児科学、当事者研究東京大学医学部医学科を卒業。
小児科医として病院勤務を経て2015年より現職
小児科医として外来診療に携わりながら、臨床研究や当事者研究をおこなっている。
当事者研究とは、障害や病気を持った本人が、仲間の力を借りながら、
症状や日常生活上の苦労など、自らの困りごとについて研究するユニークな実践。
www.rcast.u-tokyo.ac.jp/research/people/staff-kumagaya_shinichiro_ja.html
ご挨拶
今回の「心をつなぐVol.4」では、東京大学 先端科学技術研究センター准教授 熊谷晋一郎氏を迎え、現在関わっている、当事者研究から導き出された貴重な経験をもとに、障がい者の方とのコミュニケーションのあり方などを伺いました。
熊谷氏は生まれたときから、脳性まひにより手足が不自由です。生まれた直後から始まったリハビリは、痛みとともに2歳の頃のことも鮮明に記憶として残っているほど過酷だったそうです。しかし、80年代に入るとサポートの方法は、ただ頭ごなしに健常者に近づけようとする辛いリハビリを行うのではなく、どうやって本人がやりたいことをやれるか、行きたいときに行きたいところへ行けるかなどの実現に着目するように変わっていったそうです。
子供時代、お母様は学校へも一緒に登校するなど、まさに人生全てを捧げるつきっきりの生活でした。熊谷氏はこのままでは両親亡き後ひとりで生きていけなくなると感じ、大学への進学をきっかけに、ご実家の山口から東京に出てひとりで自立する決意をします。
そのときからの試行錯誤や研究は今、様々な形でほかの障がい者の生き方のヒントや手助けになっているようです。これから多様な個性の人々が共生していく社会で、私たちにも大きなヒントがありそうです。

強引に始めた一人暮らし「これで大丈夫だ」と思えた瞬間
谷本:熊谷さんが、東京にひとりで出て来る決断をした際にご両親は非常に心配されたと思いますが、お互い葛藤はなかったのですか?
熊谷晋一郎氏(以下:熊谷):両親は地元の大学に行ってほしかったようですが、私にとって母と二人きりの閉ざされた世界から脱出する唯一のチャンスのような気がしました。強引な決断だったと思いますが、そこには、こちらがどんなに反抗し、罵詈雑言を浴びせても親として変わらず見守ってくれるだろうという信頼があったから出来たのだと思います。
谷本:コミュニケーションもバリアフリーにしなくてはいけませんね。

子どもたちに伝えた「3つの大丈夫」
熊谷:以前、車椅子を使う小学生への特別授業の中でこんなことを話したんです。「みんな、『頑張ればできること』ってあるよね。実はこの頑張ればできることっていうの、要注意なんだ。
例えば、2時間かければ靴下が履ける。しかし、毎日2時間かけて靴下を履いていたらほかのことができなくなる。
『できるけどしません』っていうのがとっても大事だよ。すごく時間がかかることは、人に手伝ってもらったり、楽にできる方法があるか考えてみてね」失敗しても大丈夫。みんなと同じでなくても大丈夫。頑張りすぎなくても大丈夫という3つの 〝大丈夫? を子どもたちに伝えたんです。
谷本:最後の質問になりますが、障がい者の意見をうまく汲み上げ、社会に反映できている企業や国もあるのでしょうか?
熊谷:いま当事者の声を社会のデザインに反映することは、様々な国で優先順位の高い問題として取り上げられています。たとえば、国内でマイノリティ(社会的少数者)も利用する建物を造るとき、意見を求められることがありますが、図面を引かれてほぼ完成した後に呼ばれても、場当たり的な解決にしかなりませんよね。それに対し、海外ではcoproduction(コプロダクション)という、白紙の段階から共同制作する発想を大事にしているんです。
医学でも80年代くらいを境に、医療の研究のデザインがガラッと変わりました。ひたすら健常者のようになることを目指すのではなく、「いかに社会に参加できるようにするのか」「どのようなサポートができるのか」を皆で探すようになったんです。重要なのは【何が良い状態なのか】を、周りの支援者ではなく、ユーザーである当事者本人(障がい者)が定義をすることなんです。

自閉症という閉ざされた世界に新たな光をあてた「指談」
指談(響さんの場合)とは、筆談のペンの代わりに会話する人の人差し指を持ちます。その指を動かして掌に文字を書き、相手に意思を伝える方法です。
谷本:指談に出会ったきっかけは何ですか?
土井淑美さん(以下:淑美):たまたま2年前友人が指談と出会い、活動をしている方を紹介してくれました。その方に連絡を取ったところ、わざわざ大阪から来てくださいました。
響はお客さんが来ると、たいてい自分の部屋に戻ってしまうのに、自分から目をキラキラさせて、その方の手を取って、相手の方が「じゃあ、指談でお話してみてもいいですか」と言ったら、「いいよ」っていう感じで、指が動き出しました。私は、半信半疑でいたのですが、指から紡ぎ出される言葉は・・・確かに響の言葉でした。
谷本:一番、最初に紡がれた言葉は何でしたか?
淑美:「ありがとう」です。

谷本:感謝の心だったのですね。それまではどうやってコミュニケーションをとっていたんですか?
淑美:想像でしかないです。暴れた時はもう抱きかかえてしまっていました。指談に出会ってほぼそういうことはなくなりました。未だに夢を見ているような気持ちです。まさか、生まれてから20年も経ってコミュニケーションが取れるようになるとは本当に驚きでした。

小さな親切心を大切にしあわせのお手伝いをしていきたい
谷本:今回は土井響さんと指談にトライさせていただき、直接お会いするということがとても大切だと感じました。響さんとふれあえる出会いの場をぜひ作っていきたいと考えています。 熊谷氏はサポートされる側、する側、共に焦ることなく、長期的な見通しを持つことが重要だと言われていました。当事者が何を思っているのか、どうしてほしいのか、これからも研究を続けながら、発信していく熊谷氏に今後も注目していきたいと思います。 私たちは常に自分たちに出来ることを考え、小さな親切心を大切に、たくさんの人の「しあわせのお手伝い」をしていきたいと思っております。
