ロイヤル入居相談室 上席執行役員 谷本 有香

インタビュアー
ロイヤルハウジンググループ 上席執行役員 谷本 有香
証券会社、Bloomberg TVで金融経済アンカーを務めた後、米国でMBAを
取得。世界の3000人を超えるVIPにインタビューしてきた。
フォーブスジャパンWeb編集長としても活躍中

和光市長 松本 武洋

1969年生まれ。早稲田大学法学部卒、放送大学大学院修了(学術修士)、同教養学部非常勤講師。関西学院大学経営戦略研究科客員教授。
著書『自治体連続破綻の時代』、共著書『3つのルールでわかる「使える会計」』など。

医療介護福祉政策研究フォーラム理事長 中村 秀一

東京大学法学部卒業。1973年厚生省(現厚生労働省)入省。在スウェーデン日本国大使館、厚生省保険局、北海道庁、厚生省老人福祉課長、年金課長、保険局企画課長、大臣官房政策課長などを経て、2001年厚生労働省大臣官房審議官。2002年老健局長、2005年社会・援護局長、2008年社会保険診療報酬支払基金理事長を歴任後、2010年内閣官房社会保障改革担当室長に就任(2014年2月まで)。また2012年より一般社団法人 医療介護福祉フォーラム理事長、国際医療福祉大学大学院教授。

予防が幸せの元 和光市に見る要介護認定率改善手法

谷本:今回は、高齢者支援を中心に、自分らしい人生を全うできる場所を作っていくためには何が大切かを伺いました。
昨今、和光市モデルが超高齢社会が進む日本の市町村の目指すべき姿ではないかと非常に注目されてきましたが、一番の推進力となったことは何ですか?

松本 武洋氏(以下:松本):和光市モデルは「予防が幸せの元」を基本原則に、市民に検診の無償化を広げていったのが発端なのですが、まず全国に先駆けて、高齢者の方の筋トレや色々なリハビリに徹底的に取り組みました。ボディスパイダーといって円になって皆で機械を囲んでするんですが、おしゃべりをしながら皆楽しく筋トレをしていますね。まだ国内でのエビデンスもなく疑問の声も多かった中で、介護保険制度の最初の6年間が終わった頃、急速に和光市の要介護認定率が改善し、介護予防の機運につながりました。

谷本:今、要介護認定率が国全体では上がっている中で、今後の方向性を示唆できますね。

中村 秀一(以下:中村):介護保険ができてから、サービスは拡大しましたが、その方にとって適切な介護サービスなのか、逆に高齢者の方の心身の機能を 落としていないかという問題意識を踏まえ、国の方でも要介護認定率改善のために自立支援介護の方向へ変わってきています。

谷本:認知症の増加も懸念されていると思いますが、対応策はありますか?

松本:やはりひとつは予防だと思います。実は健常者と要介護者の間の方が非常に多く、そういう方々に対して、市町村特別給付を早い時期から活用させていただき、要介護になる前の方向けの教室など、サービス提供を積極的に行なっています。

中村:以前は認知症になると、人生おしまいのような誤解がありましたが、認知機能が衰えるだけで、感情は豊かで、コミュニケーションもできるんです。無機質な病院的空間や大人数で接するのが苦手だと言われていますので、住み慣れた空間、馴染みの人間関係を作っていくような地域の環境整備、街づくりが非常に大事になると思います。

地域力と家族力の再生 住み慣れた街で自分らしい暮らし

谷本:都市部では、家族の力や近隣の力が落ちていると言われている中で、街づくりにはコミュニティの再生が必要ですね。

松本:和光市は明治以降急速に膨れたコミュニティであることから地域力と家族力の歴史が浅く、高齢者の問題はもとより、子育てを行政が応援するべく取り組んできました。
 高齢者へのケアと同じような体制として「日常生活圏域」をつくり、近所の方のコミュニティの中でサービスが完結するようにしています。圏域ごとに母子手帳を交付し、かなり細かくプライバシーまで書いていただくことで課題がある方には、いち早くその方向けのサービスを開始したり、専門職がずっと相談相手になるなど産前のケアから子供が育つまでを一貫して支援する制度をつくっています。さらに、パパママ教室などを圏域ごとに行うことで、近所の親同士が子育て仲間になり、セーフティーネットにつながっています。

中村:国の政策としては、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい人生を全うできる社会を目指して地域包括ケアシステムの構築を推進しています。現在は高齢者の相談にあたっている「地域包括支援センター」で高齢者、障がい者、児童にかかわらず、課題を抱えている方に対して総合的に相談できる体制整備をするべく動き出しています。

男性もコミュニティに参加を 定年後の職域から地域への発想転換う

谷本:日常生活圏域は助けられるだけではなく、自分が助ける面もあるというお互いさまの関係づくりを地域でしていこうという強い政策が活きていると思いますが、一方で退職後の男性は地域の生活に関わるのが苦手だと言われていますが対策はされていますか?

松本:実は退職した男性と地域をつなげることは早い時期から課題でした。ひとつは各学校で「おやじの会」をつくってもらい、会ならではの取り組み、例えば私もおやじの会で畑の作業に参加しているんですが、そこで父親同士のネットワークができていくんです。今、1日保育士をやってもらおうと「保育参加」も仕掛けています。

中村:職域から地域へ、どうやって軟着陸するかが、若い時からの課題だと思います。会社で培った能力を発揮し、貢献してもらえるようにうまくマッチング出来るといいですね。
 認知症の方も、診断能力の向上により早期発見が可能になり、偏見も改善されてきていることから、自分が認知症であるということを明らかにして社会に参加されている人も増えてきています。

松本:通所事業も男性は女性より参加されにくいので、一時期アミューズメント・カジノや麻雀などの企画をしました。女性はご近所の仲良しの関係でだいたい来てくれます。井戸端的に皆楽しんで参加していますね。

谷本:デイサービス当初の固定したプログラムから、まず自分でその日のコースを選ぶとか、レクリエーションを多様にしたり、来る意欲が沸いてくるような工夫をするところが増えていますね。

中村:インフラを含め環境整備が進むと、筋トレに出かけやすくなります。「あそこに行きたい」、「友達に会いたい」、など意欲も湧いてきて、筋トレ自体の目的から社会参加へと意識が変わっていくんです。実際、高齢者の就労率は上がっています。そういった意味でみんなが出番がある社会を作っていかなければなりません。人生100年時代と言われていますが、出来る限り社会に参加し続け、社会の維持に貢献しあうということが大事だと思います。

谷本:筋トレは街づくり、コミュニティづくりにもつながっているんですね。

松本:年を取ったなりに楽しく生きる姿をみんなが追求していくことで、「老い」を受け入れながら、しかもワクワクして生きていける社会を、街を、つくっていきたいですね。

求められる官民連携 企業も地域を支えるパートナー

谷本:企業に対して期待していることはありますか?

中村:介護ロボットなど新しい技術の貢献にも期待していますが、これからの「公共」は行政だけでなく、企業、NPO、地域団体といった民間が多様なサービスを担っていくことが求められます。

松本:和光市では地域で高齢者を支える仲間として企業を受け入れ、企業も仲間としてその地域の方を配慮しながら拠点を運営しています。地域と企業の関係性というのもこれからはより密接になっていくと思います。

谷本:地域と密着して役割を果たしていける企業であることが大切なんですね。

対談を終えて

「人生100年時代」という言葉を提唱した『LIFE SHIFT(ライフシフト)』の共著者たちにインタビューしたことがあります。お二人の「この本を是非、日本の男性たちに読んでもらいたい」という言葉が印象的だったのを覚えています。この課題への解決策として、松本市長、中村理事長からの示唆は大変有効です。地域が人々に「場」や「やりがい」を提供しはじめている今、100年時代を見据え、自らも率先して関わり、そして、自身の新たな側面を見出すきっかけにしてみてはいかがでしょうか。