【何でも屋】

中学三年生の春の終わり頃、見知らぬ婦人が私の家に訪ねてきた。その婦人は、見窄らしい服に身を包んだ五十歳前後の人だった。
 「こんにちは、お父さんおいででしょうか?」
 応対に出た私に言った。食事をしていた父を呼んだが、その婦人は、父と小声でボソボソと数分間話をした後、
 「分かった! 何とか頼んでみるから。元気を出しなさいよ」
 婦人は、何度も何度も頭を下げて帰って行った。
 「あの人に何を頼まれたの?」
 怪訝な顔をした母が尋ねると、
 「葬儀を出したいのだが、金に困って出せないそうだ」
 「それでお父さんに頼みに来たの?」
 呆れ顔で父に言った。仕事も有るのにと思っていたが、決してその様な事は言えなかった。父の性癖は焼かなければ直らなかった。早速、食べかけのご飯を掻き込み、近所のお寺に交渉に出かけたが、
 「親父さん、その様な軽少な金額ではね・・・・私共では無理ですよ」
 数軒、鼻で軽くあしらわれた。項垂れて帰るしか無いと諦めていたが、あるお寺の住職が父の熱意に打たれて承諾してくれた。戒名まで貰っていたが、僅か一万円の経費による葬儀だった。しかも、この戒名は、いい加減な戒名ではなかった。父は何度も良い戒名だと言っていたが、私は理解出来なかった。
 葬儀が行われた翌日、
 「河上さん、お陰様で立派な葬儀が出来ました。本当に有難うございました」
 父に何度も何度も頭を下げていた。服装は、この前に来た時と同じだった。
 「頑張りなさいよ。真面目にやっていれば、世間には助けてくれる人が沢山いるからね」
 父の言葉を背に婦人は帰って行ったが、その後ろ姿は希望が満ち溢れていた。
 その時、何をしても決して見返りを求めたら駄目だ。これが儂等の生き方だと、口が酸っぱくなる程、私に説教がましく言った。七十路になったが、愚直にもその気持ちは今も守っている。