「新浦安」の活動報告一覧
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新浦安皆様からの親切心エピソード
怒ってくれる意味
私は、ゆとり世代で育ってきました。ゆとり世代とは関係が無いのかもしれませんが、小さい時からあまり怒れずに育ってきました。
怒られない環境というのが私にとっては当たり前の環境でした。
しかし社会人になり、怒られるということが増えてきました。怒られることに対して免疫のない私は最初、どう受け止めて良いかわからず動揺していました。しかし、怒るということは体力や気力も使うものだと思います。
それなのに怒ってくれるのは、その人のことをなんとか良くしたいと思っているからだと思います。「なぜ、自分が怒られなければいけないんだと考えるのではなく、私の為を思って言ってくれているのだから、成長しなくては」と考えられるようになってきました。
私は、愛を持って怒ってくれる人が多くいるほど恵まれた環境だと思います。
そのような環境に置かれてる方も世の中にはいると思います。怒られて不機嫌になるのではなく、どのようにしたら改善されるのかを考えることが大切だと思います。ただ怒られたと感じるのではなく、意味があって怒ってくれていると思えれば、より人間として成長できるのではないかなと思いました。
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新浦安皆様からの親切心エピソード
走り続ける意志
つい先日のことです。
何年振りか覚えもないくらい連絡を取っていなかった友人との話です。
私が小学生の頃から付き合いのある友人。
彼は今、自分の会社を設立し年収は〇千万を稼ぐほどの経営者になっていました。話のきっかけは、彼が私に問いかけた「自分はどう見えているのか」と言う何とも漠然とした話から始まりました。私は昔から、友人たちには遠慮がなく相談事にストレートな意見をすると言われてきました。確かに、自分でも自覚はあります。
親身に話せる友人に、わざわざ遠慮をして話しても友人の為にならないと思っているからです。
それこそ学生時代はストレートすぎて、それが原因で喧嘩をすることもありました。話を戻して、なぜいきなり彼は私にそんな話をしたのかですが・・・
彼は、彼自身が冨や名誉を持ったことで変わってしまったか聞きたいとの事でした。私は、少し考え答えました。「変わったと思う」と・・・。
彼は「どう変わった」か問いました。私は「余計なプライドがなくなった」、「大人になった」、「余裕ができた」と。
彼は昔から努力家で、やると決めたことに対してストイックなタイプな性格であった。きっと今も同じだと思う。いいところがそのまま残っている、そんな感じがしました。実は、彼の書いているブログは定期的に見ていて
なぜ見ていたかと言うと、彼が自分以外の誰かのために必死になって協力をする姿勢に惚
れていたからだと思います。彼が成功する為に心がけ意識している事をいくつか聞いてみました。彼は「現状の打破」、「成功したい」、「自由になりたい」、そして
「絶対にやり遂げるって強い意志があれば何でも成功する」と言いました。なんか、名言集みたいに拾い集められそうなカッコイイことを、さらっと言うんですよ。その続きもあります。
「ダメだと思った時点で何にもできないし言い訳を作って逃げたくなるだけだからさ」
「やらなきゃいけない環境を作って自分を追い込んでやれば、なんでもできる」と。
彼は、私に一言。「ありがとう」と。
親切心ブログにこの会話を載せようと思ったのは
自分の周りにどれだけの支えてくれる人がいるか
親身になって話せる相手がいるか時間がたっても親身に話せるか
考えたことはありますか?彼は言った。「必要であればいつでも頼ってほしい」と。私は言った。「ありがとう。やっぱ変わってないかもしれない」と。彼は、小学校の頃からまったく変わっていない。
優しくて、頼りになって、裏切らない。
なにごとも決めたらやる男だ。夢半ば、彼が事故で足を切断していなかったら、彼は今も、その時の夢に向かって走り続けていたのかもしれない。
だが、今も
私の目にはしっかりと、彼は走り続けて見えている。 -
新浦安皆様からの親切心エピソード
レンタルアンブレラやってますッ( ・`ω・´) キリ
ニュースで九州地方や愛知県などの豪雨を目にされた方も多いと思いますが、2週間ほど前に、浦安市でゲリラ豪雨があったことを御存じでしょうか。私は会社から帰ろうとしたときに、ちょうど雨が激しくなり、新浦安駅の広場が、夜にも関わらす雨で真っ白に染まり、大粒の雨で隣の人との会話もままならないほどの状況でした。その時に、恐らく塾帰りの小学生の男の子2人が傘も持たずにモナの入り口で雨宿りをしていましたので、私はお店に戻ってその子たちにお客様用として使っている傘を渡してあげました。後日、その子供たちが傘を返却しに来てくれました。しかも、手紙とお菓子をもって・・o(*・ロ・*)o
とっても心が温まりました。感謝をされることは、本当にうれしいですね。生きているエネルギーにつながります。(*´ω`*)(お菓子はおいしく頂きました。とてもおいしかったです)ちなみに渡したこの傘は、1年半ほど前に私たちが親切心の活動として、“お客様に使用していただく用”“急な雨などの際にお渡しをする用”にて準備をしていたものです。(中々、急な雨などの際にお渡しをすることができなかったので、今回の件で人の役に立ててレンタルアンブレラ君も喜んでおりました。)最近、飲料メーカーのダイドーさんが同じような活動を行っていることをTVで知って、ウチでもやっているよ~!( 」´0`)」ロイヤルハウジングでもレンタルアンブレラやってますよーL(‘▽‘)/!!!!!!!!と伝えたくてブログに掲載をさせていただきました。私たちロイヤルハウジングは街の方々にとって、身近な存在でありたいと考えておりますので、急な雨などでお困りの際には、お立ち寄りくださいませ。ヾ(o´∀`o)ノ -
新浦安皆様からの親切心エピソード
道案内
突然ですが、私は昔からよく見知らぬ人に道を聞かれます。
何十年間これが普通だと思っていたので気にもとめていなかったのですが、
ある時友人に一緒に歩いているとよく道を聞かれると言われ、
私は比較的声をかけられる事が多い方なのだと気が付きました。土地勘がない場所で聞かれる事もあり、道も電車も詳しくないので正確な返答が出来ず、
役に立てずに終わる事も多いのですが、気が付けば、終わったあと優しい気持ちになれている自分に気が付きました。
大した事もしていないのに「ありがとうございます」と言われるとすごく嬉しいです。
正直、急いでいる時などは少し面倒だなと思ってしまう時もあります。
なんで私なんだろう?と思ってしまう時もあります。ただ、きっとこの人なら親切に教えてくれるだろうと思って貰えて私に声をかけてくれたのだから、
喜んでいい事なんだと思えるようになり、
なにより人に親切にする事は自分自身も嬉しいと気付き、忙しい時でも笑顔で協力してあげようと思えるようになりました。どこかでまぬけ顔の人はよく道を聞かれると聞き、
私はそんなに何も考えてなさそうな顔をして毎日歩いているのか…と少しだけ悲しくなった時期もありましたが、
親切な事をできるチャンスが多い私は、まぬけ顔に生まれて幸せだとも思えるようになりました(笑)ありがとうの一言は言う方も、言われる方も嬉しくなる素敵な言葉です。
これからも小さな事やできることから親切心が広がっていけばいいなと思います。 -
新浦安皆様からの親切心エピソード
親切な思いは、行動に移す事が大事!
6月中旬の頃の話です。
私は新松戸駅から武蔵野線を利用して出勤しております。
朝のラッシュ時、ホーム上は人でごった返しており、乗車率もかなりのものです。
そんな いつもと変わらずに出勤しようと7時55分の電車を待っているときの出来事です。
帽子を目深に被り、サングラスをかけ、犬を連れた70代くらいのおばあちゃんが、駅のホーム上で
立ち止まったまま辺りをキョロキョロと見回していました。
その様子からは何か困っているが、声を掛けられない様子が感じ取れました。
しかし、朝の忙しい時間帯ということもあり、そのおばあちゃんに気づく人はいましたがなかなか声
を掛ける人はいませんでした。私もその一人でした。
そこへ電車がやってきたのですが、そのおばあちゃんは乗車することなくそのままそこへ立ち止
まったまま電車は通過して行きました。そこへ通りがかった30代くらいの小さなお子様を連れた一
人の女性がそのおばあちゃんに気づき「お手伝いしますよ」とおばあちゃんの手を取りました。
おばあちゃんは「ありがとう」と笑顔を浮かべ女性に御礼を述べるとホームの端へその女性に手を
ひかれていきました。
なにかに困っている人に気づく人はこの世の中大勢いると思います。
しかし、日本人は性格の問題なのか気づいても自分が声を掛けなくても誰かが声を掛けるだろう。
そう考える人が大多数だと思います。
困っている人に気づいたらなんのためらいもなく声を掛ける。
それこそが、無意識でやる本当の意味での親切心であると私は気づかされると同時にそれが出来
なかった自分が「情けなく、恥ずかしい」、そんな気持ちになりました。
これから先の人生、その女性のように困っている人がいたら、「どうしましたか」と行動できる人間に
なるよう生きていかなければと思いました。
皆様もこういった場面には遭遇する機会はあると思います。
思いをすぐに行動に移せる本当の意味での親切心を実行できる人になってください。
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新浦安皆様からの親切心エピソード
日経新聞に掲載されました!
ロイヤルの上席執行役員・谷本有香が
ダウン症の天才書家・金澤翔子さんとその母・泰子さんにインタビューしました。
金澤翔子さんは、1985年生まれの32歳。
生まれてすぐダウン症と診断されました。5歳で母・泰子さんから書を習い始め
20歳の初個展をきっかけに
「ダウン症の書家」として話題を呼びました。翔子さんの特徴は
いつでもどこでも自然体で変わらず
ただひたすら書に想いを込めるその姿勢です。「元気とハッピーを感動をあげたいです!」
いつもそう言って、静かに祈りを捧げてから書に向かいます。母・泰子さんは
翔子さんを書家にしようと思ったことは一度もないそうです。
5歳の翔子さんに書を教え始めたのは
「私が先立って、もし翔子が障碍者ゆえの孤独を抱える時が来たら
その孤独な時間を自分ひとりでも埋められるように」
という深い親心からといいます。今回のインタビューから
「心」が雑念にとらわれずに純粋な親切心で行動する。
それらはみんなを自分を「幸せ」にする。
翔子さんの行動に「幸せ」の原点を感じました。日経新聞(6/26) ぜひ、ご一読ください。
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新浦安皆様からの親切心エピソード
感謝の気持ちを素直に相手に伝えよう!!
先日、私事ではありますが購入後お引き渡しの終わったお客様から
社長宛に感謝状を送って頂きました。日頃からやり取りをする度に感謝のお言葉をかけて下さるお客様でした。
この話は自慢話のための話ではありません。
何が言いたいのか・・・気分がいい!!
これだけだと誤解をまねきますね。
真面目に何が言いたいのかというと
言われた相手が気分がいいということ、もう少しわかりやすく言うと言われた相手が
自信が湧いたりやる気がでたり、今後のエネルギ―になったりするという事です。一見当たり前のことですが先日の出来事をきっかけに
「自分の発する言葉で人に元気や勇気を与えることができる」
凄いことだなとあらためて感じました。であれば毎日の生活の中で関わる人には積極的に小さいことでも感謝の気持ちを伝えて
いこうと思います。今回はあたりまえの話だと思われるかもしれませんが、これが連鎖して人の輪に広がって
いけば平和な世の中になっていくのではないかと思います。「何気ない一言でも人に力を与えることができる」というお話でした。
感謝の気持ちを素直に伝えよう!!
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新浦安皆様からの親切心エピソード
家守
本日管理物件の草刈り(木も含む)に行ってまいりました。
この時期は木や草の成長も速く一見森の様でした・・・・。
それでも頑張って草取りをしていたのですが、結構色々な生物に遭遇いたしました。子供のころはなんとも思っていなかったのですが、大人になって見ると何故だかわかりませんが恐怖すら感じてしまいます。ちなみに遭遇した生物たちを紹介させて頂きますと、クモ、ミミズ、ムカデ、ダンゴムシ、ダニ、正体不明の虫等々、そしてとどめにチョロでてきた方、最初はトカゲかと思いましたが、よく見るとヤモリでした。
思わず声を出しそうになってしまいました。
実はヤモリは「家守」や「屋守」とも言われ縁起の良い生き物として知られています。
これから入居されるお客様を守ってもらおうとそのままにして帰りました。
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新浦安皆様からの親切心エピソード
6月は健康管理月間
5月に引き続き6月も「健康管理月間」と題しまして、1週間に1度、自分自身や 周りに対して、「健康」に関することであれば内容は何でも良いので気にかけ振り返るということを行っています。例えば、お昼時になったら昼食にするよう声掛けする。食事のバランスを気にする・・・など。私も体調を崩してしまった時に、回復するのに時間がかかってしまいましたので、特に自分自身が日頃から注意することが大事だと思います。自分自身の目標として6月は、●規則正しい生活●食事をきちんと摂る●睡眠をしっかりととる●適度な運動をする当たり前のことですが、以上4点を心掛けていきます。最近は、特に暑くなったり、涼しくなったりと気温差によって体調を崩しやすくなってしまう時期です。これから梅雨に入り、ジメジメとした日が続くようになるので、体調面に気を付けてお過ごし頂ければと思います。 -
新浦安皆様からの親切心エピソード
I君
私が小学校1年生の時のエピソードです。当時、私の席の近くに同級生のI君がいました。I君は産まれつき発達障害を持っており、同級生と比べて少し成長が遅れていました。その為か、同じクラスの子との接し方もわからず、距離を取っており、気が付くと1人でいることも多々ありました。
I君の様子を見て、私は当時、人見知りしない性格であったため、I君に積極的に話しかけて友達になろうとしていました。学校終わりに校庭でサッカーを教えたり、教室で宿題を一緒にやったりと私自身I君と一緒にいる時間はまるで弟と遊んでいるようで楽しかった思い出となっています。放課後、遅くなった日はI君を自宅まで送る事などもありました。そのため、I君のお母様とも会う機会が多々あり、「いつも遊んでくれてありがとう。毎日学校行くのが楽しいみたい」など、お母様からのお礼の言葉をもらい、普段感情をめったに表に出さないI君の気持ちを知り、私は照れ臭い反面、とてもうれしい気持ちになったのを覚えています。I君とはクラス替えもなく、3年生へと学年が上がりましたが、突然、I君は親の転勤により別の学校に転校する事になりました。私は転校の話を聞いて、I君は弟のように一緒に遊んでいた事もあり、家族が1人いなくなってしまうような思いで、とても寂しい気持ちになりました。
引っ越し日当日、I君の家の前まで見送りしに行き、I君とお母様から、「●●さんが友達で良かった。別の学校に行ってしまうけど、ずっと友達でいてね。」と言われ、お別れをしました。私もすごく寂しかったですが、I君と友達になれたことは今でも良かったと思っています。
そして現在17年経ち、この前地元のスーパーで買い物していたら、「もしかして●●さん?」と女性から声をかけられ、「Iの母親ですが、覚えてますか?」とI君のお母様に再会しました。それから5分ほどの立ち話をし、「実は公立の小学校に馴染めるか不安で、入学させるか迷っていたの。でも、●●さんが仲良くしてくれたから、安心して息子を毎日学校に通わせることができたんです。あの時はIの友達でいてくれて本当にありがとうね。」引っ越した後のI君の話を聞き、約17年前の出来事でしたが感謝の言葉を頂きました。I君は今も障害を持ちながらですが、地元を離れて仕事をしているそうです。私は当時、単純に接していただけでしたが、I君やI君のお母様には親切と感じてもらえ、現在もI君やお母様の中で良い思い出となっていたと知り、私も心が温かい気持ちになりました。子供の頃は損得や他人の視線などを気にせずに自然と行っていた行動が、大人になるにつれ失われる気がします。17年前の思い出ですが、子供の頃の純粋な気持ちを大事にし、これからも長い人生の中、小さな親切心を通じて、誰かの心の癒しになればと改めて感じることができました。


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