「新浦安」の活動報告一覧
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新浦安皆様からの親切心エピソード
店舗周辺の清掃を通じて
私の所属する店舗は駅の目の前にあるため、通行人が多く、必然的にポイ捨てされた様々なゴミが多い場所です。
そのため、毎朝の店舗前の清掃では、店舗前だけでなく、少し離れた銀行やコンビニ付近まで清掃するよう心掛けています。
ある日、清掃をしていると通行人の年配の男性の方から「いつも遠くまで来て清掃してくれているね。このあたりはタバコや空き缶のポイ捨てが多くて困っていたので助かるよ」と声をかけていただきました。
何気なく続けていたことですが、そのように声をかけていただいたことで、自分の行動を見てくれている人がいることがわかり、嬉しく感じました。
何気ない一言でしたが、相手の方の温かい気持ちが伝わってきて、人の親切心の温かさを感じた出来事でした。
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新浦安皆様からの親切心エピソード
ちょっとした親切
先日、仕事で外出していたときのことです。
あるお店に入ろうとしたところ、ちょうど前から年配の方が出てきました。
私は何気なくドアを押さえて、その方が出やすいようにしました。
すると、
「ありがとう。助かります。」
と笑顔で声をかけていただきました。
ほんの数秒の出来事です。
正直、そのときは「ドアを押さえただけ」くらいにしか思っていませんでした。
でも、その方の笑顔を見て、
「こんなに簡単なことで、人に喜んでもらえるんだな」
と、少し考えさせられました。
仕事でも同じで、相手からすると「そんなことまでしてくれるの?」と思うような、ちょっとした気遣いが意外と大切なのかもしれません。
不動産の仕事では、お客様からいろいろなご相談をいただきます。
物件のことだけではなく、
「この荷物はどうしたらいい?」
「引っ越しはいつ頃から準備したらいい?」
「この書類はどうすればいい?」
など、ちょっとしたご相談を受けることもあります。
そんなときに、
「それは不動産の仕事ではないので……」
と線を引くのではなく、分かる範囲でお手伝いする。
そういう小さな積み重ねが、「この人に相談してよかった」と思っていただけることにつながるのではないかと思っています。
親切というと、何か特別なことをするように感じますが、実際はそうでもありません。
ドアを押さえる。
困っている人に声をかける。
相手の立場になって一言多く説明する。
ほんの少し相手のことを考える。
それだけでも、誰かの一日を少しだけ良くできるのかもしれません。
私も「ちょっとした親切」を忘れずに、日々過ごしていきたいと思います。
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新浦安皆様からの親切心エピソード
優先席への考え方
通勤中に感じたことを書きます。
私は、普段バスを利用して通勤しています。
先日の帰りのバスでの出来事です。
そのバスには、優先席が3席ありました。
私が乗車した際には、すでに満席状態でした。
次のバス停で、80歳前後の男性が乗車してきました。
優先席3席には、40代くらいのサラリーマンの男性、20代くらいの学生風の男性、
小学校低学年くらいの女の子が座っていました。(塾帰りのようでした。)
私は、優先席の真ん前にいたので、様子がよく見えました。
40代の男性は、目を閉じ寝たふり。
20代の男性は、ヘッドホンで音楽を聴いていて、ノーリアクション。
そんな中、女の子がすっと席を立ち、「どうぞ」と席を譲りました。
きっと、この女の子の親御さんは、きちんとした教育をしているんだろうなと思いました。
確かに優先席を譲るかは、その人の善意によるものだと思います。
その善意が子供に負けてしまうは、どうかと思いました。
このようなお子さんが増えてくれると、自然と良い世の中になりますね?
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新浦安皆様からの親切心エピソード
お花、きれいだね
先日、娘を保育園に送迎していたときのことです。
道沿いのお宅の玄関先に、きれいな紫陽花が咲いていました。娘がその花を見つけて立ち止まり、「パパ、このお花きれいだね」と言いました。
そのとき、ちょうどそのお宅の玄関が開いて、70代くらいの女性が出てこられました。私は少し慌てて「すみません、立ち止まってしまって」と声をかけたのですが、その前に娘が先に口を開きました。
「このお花、すごくきれいだよ。だれが育てたの?」
女性は一瞬驚いたご様子でしたが、すぐに顔をほころばせて「私が育てたのよ」とおっしゃいました。すると娘は「すごいね!じょうずだね!」と満面の笑みで言いました。
女性はとても嬉しそうに笑われて、「毎年咲いてくれるのよ、ありがとうね」と娘の頭をそっと撫でてくださいました。お別れするときには「また見に来てね」と手を振ってくださいました。
帰り道、娘は「おばあちゃん、笑ってたね」とぽつりと言いました。
2歳の娘には、きっと「褒める」という意識はなかったと思います。ただ、きれいだと思ったものを、きれいだと伝えた。それだけのことです。でもその一言が、見知らぬ方の夕方を少し明るくしたのだとしたら、これ以上素敵なことはないと思いました。
素直な言葉は、それだけで誰かへの贈り物になると感じました。
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新浦安皆様からの親切心エピソード
車内の一瞬
いつもの時間、いつもの車両。会社や学校へ向かう朝のざわめきで満ちた車内。始発駅から乗り込んだ私は、いつものように座席に腰を下ろし、片手でスマホを操作しながらニュースや情報に読みふけっていた。
画面の文字を追いながら、無意識に指先でスクロールしていると、視界の端で何かが反射し、一瞬きらりと光が飛び込んできた。 前に立つ女学生が、イヤホン越しに参考書へ没頭している。そのページの端に挟まれた金色の金属製しおりが、揺れの拍子に少しずれていた。
そして次の瞬間、車両が軽く揺れ、しおりは書籍からふわりと飛び出して床へ滑り落ちた。 私はスマホから目を離さないまま片手を伸ばし、素早くしおりを拾い上げた。
混雑した車内で大げさに動く必要はなく、自然な動作だった。指先に伝わる金属の冷たさが、妙に心地よい。私は腕を伸ばしてしおりを彼女の本の前に差し出したが、彼女は気づかずページをめくり続けている。
そこで私は、しおりをそっと本の上、彼女の視界に入る位置へ置き、小さな声で伝えた。 「落ちてましたよ。違いますか。」 必要最低限の声量でも、その言葉は確かに届いた。
女学生はようやく顔を上げ、イヤホンを外して驚いた表情を見せる。すぐに頬を赤らめ、はにかむように「ありがとうございます」と小さく言った。
私はしおりが参考書に戻されるのを見届けると、再びスマホの画面へ視線を戻した。だが、さっきまで読み込んでいたニュースの文字が頭に入ってこない。また1行目から読み直す。
それでも混雑した車内で交わされたほんの一瞬の出来事が、私の一日の中にも、小さな温かさをそっと残してくれた。彼女の読みかけのページを守れたのならなによりだ。
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新浦安皆様からの親切心エピソード
押されたボタン
商業施設でお買い物をしていた時のことです。
エレベーターに向かったところ、ちょうどドアが閉まりかけていました。
「間に合わないかもしれない」と思って少し急いだら、
中にいた方が開ボタンを押してくださり、ドアが開きました。乗りながら「ありがとうございます」とお伝えすると、
軽くうなずくだけで、特に言葉はありませんでした。中は静かで、お互いにスマートフォンを見たりして、そのまま過ごしました。
先にその方が降りられて、特にやりとりもなく終わりました。本当にそれだけのことなのですが、
そのあと駅で同じようにドアが閉まりそうになったとき、
気づいたら自分も開ボタンを押していました。たぶん、先ほどの出来事が少し残っていたのだと思います。
何でもない出来事でしたが、少しだけ印象に残る一日になりました。
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新浦安皆様からの親切心エピソード
飼い猫が教えてくれたこと
わが家には、1歳半になる雄と雌の兄妹猫がいます。
仕事で疲れて帰宅すると、玄関でいつものように「ニャー」と2匹が迎えてくれます。疲れた体をソファに投げ出すと、そっと膝に乗ってきて、ゴロゴロと喉を鳴らしてくれるんです。
その瞬間、なんだか肩の力が抜けて、心までほっと温かくなります。
正直に言うと、私は最近、仕事に追われて余裕をなくしていました。
イライラして、ため息ばかり。
猫たちにも「あとでね」と言うことが増えて、遊んであげる余裕もありませんでした。ある日、体調を崩して寝込んでしまったとき、目を覚ますと2匹は枕元にちょこんと座り、黙って私の顔を覗き込んでいました。
そして、ベッドの枕元や胸元には、猫たちのお気に入りのおもちゃが幾つも置いてありました。
きっと、いつまでも目を覚まさない私を心配しての自分のお気に入りを届けてくれたのだと思います。
猫たちは、ただ隣にいただけ。
その「ただ隣にいる」という優しさが温かい。
特別なことじゃなくていい。
兄妹猫が教えてくれました。 🐱💛 -
新浦安皆様からの親切心エピソード
「ネタバレ」への配慮
新作映画の公開時、SNSで「ネタバレ」に最大限配慮した投稿が増えることに「身近な親切心」を感じます。
その作品を鑑賞したファンが「未鑑賞の方の楽しみを奪わない」と自発的に配慮し、ただただ「素晴らしかった」という旨の投稿をする動きに思いやりを感じます。
また鑑賞後の方に向けて、映画の公式側が「ネタバレをしてもよい感想欄」を特設するなど、鑑賞前・鑑賞後の双方に配慮した動きにも思いやりを感じます。
顔の見えない相手の「楽しみ」を大切にしようとするこの動きは、"いつでもどこでも情報が得られてしまう現代" ならではの温かい気遣いの形だと思います。
「情報を発信したい欲求より、相手の楽しみを守ることを優先するファン」
「その想いを汲んで場を整える公式側の配慮」
このような「連帯感」がデジタル社会における新しい「身近な親切心」の形なのだと再発見しました。
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新浦安皆様からの親切心エピソード
じぃじの親切心
私の父は、昔ながらの亭主関白な人でした。
私が小さい時も遊ぶときは全力で遊んでくれるものの、
基本的には怒りっぽく不器用な父でした。そんな私の父も今では孫が4人。今年はさらに2人増える予定です。
孫に対して、過去の怒りっぽく亭主関白さは見る影もなく
一緒にいる間は誰かしらを必ず抱っこしています。
今回、その父に関してのお話です。
孫が大好きな父は、職人として長年家づくりをしてきました。
◎孫大好き
◎遊ぶときは全力
◎モノづくりが上手く凝り性
幸か不幸かこの三つの要素がおこした化学反応は
実家を大きなアスレチックにするというものでした。
行くたびに実家がカスタムされ
滑り台ができていたり、部屋の中に小さな家ができていたり。。。
もはや実家の2階は居住スペースではありません。
※もちろん、孫たちからするとじぃじも遊具の一部です。
私と母は性格が似ており「孫が大きくなったらどうするのよ…」と
冷静に考えて話をしておりますが
父は「その時は俺が直すよ」と説得力もあるので
こちらはそれ以上のことは何も言えません。じぃじなりの、精一杯の親切心。
もはや規模が小さな親切心ではありません。
でも、このブログに掲載させてください。
私に孫ができたとき、
こんなに多くのモノを与えてあげられる気はしませんが
”私の父”として未だ良き手本になってくれています。
ありがとう、じぃじ。
腰痛もちなんだから無理しすぎるなよ。 -
新浦安皆様からの親切心エピソード
親切心を感じるために・・
最近、息子を通じて保護者の方や先生、息子の習い事先で、
親切心を感じる事が多々あります。
思い切って、こちらから話しかけて、
素直に分からない事を質問してみたり、まわりを頼って相談してみたり・・想像以上の親切を受けとることがあります。
親切心エピソードと聞いて、
ついつい与える側の行動を考えがちですが、
受け取る側の気持ち、
受け取った時のご恩を忘れずに、大事に心にしまっておこう、と思います。
そして、その方たちから頼って貰えた時は嬉しく思えます。